太平洋戦争のもっとも大きな問題のひとつは、日本人戦死者約380万人のうち、昭和天皇が敗戦を引き延ばしたために、敗戦間際の43年~45年の戦死者が、約250万人も激増したことである。この250万人は死なずにすんだ国民だった。

しかも250万人のうち、餓死者は約160万人に及んだ。

戦後70年の節目を迎える今年、8月15日。やめておけばいいのに(これはオリンピックについてもいえる)、安倍晋三が70年談話を発表した。

安倍晋三のふたつの顔については、これまで何度か述べてきた。

ひとつの顔は、靖国参拝をし、中国を敵視する、歴史修正主義者としての顔である。外国が見ているのは、もっぱらこの顔だ。

もうひとつの顔は、戦争法案(安保法制)をやり、TPP参加をやり、国と軍隊を米国に売る新自由主義者としての顔である。

この、一見すると矛盾するふたつの顔が、内外の評者をいら立たせてきた。どちらが本物の安倍なのか。

わたしは、安倍晋三の歴史修正主義は、所詮、坊ちゃん育ちの幼稚なものであるとみなしている。

つまり尖閣を巡る東シナ海の危機を自ら作り、ヒットラーが、人々を扇動するのにユダヤ人など共通の敵を作ったように、中国脅威論を煽る。その結果、軍事予算を増やし、米日軍産複合体を潤す。その結果、政権の延命を図り、自民党への政治献金を大幅に増やす。

後半部に新自由主義者、売国奴としての安倍晋三のほんとうの顔がある。

それが今回の70年談話にも露出した。

安倍は、談話発表前の8月10日に、首相官邸でケネディ駐日米大使と会っている。議題のひとつは、「70年談話」だったというから、ここで内容の了解をとったのだと思われる。このような姿勢は、どこから見てもナショナリストの姿勢ではない。

安倍晋三の正体は、新自由主義のグローバリズムにあることを、見抜かなければならない。かれにつきまとう祖父・岸信介の陰も、けっして安倍をナショナリズムに嚮導するものではない。むしろA級戦犯としての岸の情報を、CIAがわずか5枚しか公開していないことは、隠された売国の情報が、米国恐喝ビジネスのカモとして岸一族を利用できるからだろう。

ブログランキング・にほんブログ村へ

安倍晋三の70年談話のなかで、お花畑の国民の気持ちをつかんだのは、次の文言であった。

日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」

「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という。とても非論理的な頭脳から生まれた言葉だ。戦争の問題は、個人対個人の問題ではないのである。国家と国家の問題なのだ。

したがって安倍の概念の切り口は間違っている。

もし未来に謝る日本人がいたら、それは国家を体現した、具体的にはそのときの首相が謝るのである。庶民の個人が謝るのではない。安倍は無自覚に戦争を個人の問題にすり替え、矮小化し、日本の未来世代を擁護する偽善家として振る舞っている。

しかも未来世代の謝罪の宿命を、今、戦争法案で背負わせようとしているのは、安倍本人である。

「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」という後半の言葉は、皮肉なことに、前半の未来世代の謝罪を要請している。村山元総理が、読んでもさっぱりわからない、と感想を述べたのは、こういったところだ。

この原案を書いた者は、論理的な思考が苦手な人間である。論は、国家の問題と個人の問題とを明確に切り分けて論じなければならない。

(以下、長いのでメルマガの一部だけ公開します。

有料メルマガのお申し込みはこちらからです。
週3回(月・水・金)の定期配信です。それに、ほぼ週1回の臨時増刊号を加えています。(実質、ほぼ週4回になります)
初回お申し込みの、当月は無料です)


(無料メルマガのお申し込みはこちらからです。ほぼ日曜日ごとの、週1回の配信です)

ところで太平洋戦争には、70年続く、ふたつの謝罪がある。ひとつは今まで述べてきた日本の謝罪である。もうひとつは米国の日本に対する謝罪だ。

Finian Cunningham は、「広島原爆投下に関するアメリカの残酷な論理は70年続いている」(2015年8月4日)のなかで、次のように書いている。

「70年前の1945年8月6日と9日、広島と長崎に原子爆弾を投下した本当の理由が、大日本帝国を打ち破り、アメリカ軍兵士の命を救うこととほとんど関係がなかったら? 本当の理由が、アメリカによる戦後の世界覇権画定をソ連に警告する為の、ワシントンによる、計画的かつ冷酷な、むき出しの軍事力の実演だったとしたらどうだろう?

そうなれば、アメリカ公式説明が我々に信じ込ませようとしてきた結論より、遥かに酷い、極めて恐ろしい結論に到ることになる。なぜなら、それは、200,000人もの日本人一般市民を絶滅させる行為が、ひたすら政治的な狙いの周到に準備された大量虐殺事件であることを意味するからだ。あるいは言い換えれば、アメリカ合衆国がおかした言語に絶する国家テロ行為だ。

(中略)

しかし、アメリカの主要目的は、太平洋戦争それ自体を終わらせることではなかった。アメリカとイギリス軍幹部と諜報部隊は、ロシアが対日戦争に参戦するだけで、日本の降伏を促進するだろうと確信していた。しかも、アメリカの日本本土上陸は、1945年11月まで実施しない予定だった」

ブログランキング・にほんブログ村へ

時系列に沿って整理してみよう。

1 1945年5月 ドイツ降伏

2 1945年7月16日、ニューメキシコ州の砂漠で、米国は最初の原爆実験に成功

3 1945年7月17日~8月2日 ポツダム会談(トルーマンらは、ソ連を対日戦争に参戦させ、かつ戦後の敵としてソ連を決める)

4 1945年8月6日広島原爆投下、9日長崎原爆投下

5 ソ連、太平洋戦争に公式に参戦(実際は8月8日に、スターリンは赤軍に満州進撃を命じていた)

こうして見ると、1945年5月のドイツ降伏によって、米国は、原爆の使い先として日本しかなくなったことがわかる。

しかも、1945年7月16日に、ニューメキシコ州の砂漠で、米国は最初の原爆実験に成功したことから、トルーマンらは、戦後の敵としてソ連を決め、日本へ原爆を投下し、覇権樹立(ソ連威嚇)をしようとしたのである。もちろん原爆投下による被害は、大きいほど覇権樹立に効果があり、ソ連への威嚇になった。

そこには人体実験によって、いずれ原爆を手に入れるだろうソ連に、圧倒的なデータの差を付ける狙いもあった。

1945年8月6日に広島に原爆が投下され、その2日後に、ソ連は、スターリンが赤軍に満州進撃を命じていることから、原爆投下は必要がなかったことがここでもわかる。

日本の敗戦は冷戦の始まりを意味していた。ソ連を敵視した、米国の覇権樹立のため、広島・長崎への原爆投下はなされたのである。その邪悪な動機に対して、米国は日本に謝罪していない。

ブログランキング・にほんブログ村へ

有料メルマガ『兵頭正俊の優しさ出前』を配信しております。

2011年10月1日より「兵頭正俊の優しさ出前」(月額:864円(税込)/配信サイト:まぐまぐ)を配信開始しました。

月・水・金・それに、ほぼ週に1回の号外を発行しております。

「記者クラブ」メディアの情報操作と国民洗脳を対象化し、あなたを現在とは違うステージに招待します。

携帯の送受信の制限を考慮して、分割して送信するように改善しました。

価格以上の価値があると自信があります。ぜひ購読のご検討をお願い申し上げる次第です。

なお、別に無料メルマガ『兵頭正俊の知らなきゃ滅ぶニュースの真相』PC用 携帯用 を2011年8月29日より、「まぐまぐ」から配信しております。

無料で、ほぼ週刊です。

携帯の送受信の制限を考慮して、分割して送信するように改善しました。

ご登録をよろしくお願いします。

なお、メルマガはテキストファイルであり、このブログ掲載の画像などはありません。

また、このブログ掲載の文章は、ブログ用に編集してあります。

ブログランキング・にほんブログ村へ