『日刊ゲンダイ』(2015年4月18日)が、「NHKが敗訴 「契約結ばない限り受信料を払う必要なし」との認識に衝撃」と題して、次のように書いている。

(政府が「右」といっているのに、われわれが「左」というわけにはいかない)
(政府が「右」といっているのに、われわれが「左」というわけにはいかない)

「籾井勝人会長の私用ハイヤー問題や「ヤラセ報道」でテンヤワンヤのNHKに“新たな衝撃”が走っている。NHKが千葉・松戸市在住の男性(66)に対して受信料約18万円の支払いを求めた裁判で「完敗」したのである。

判決が出たのは15日の松戸簡裁(江上宗晴裁判官)。裁判で、NHK側は2003年3月に男性が受信契約を結んだにもかかわらず、受信料を支払っていないと主張。これに対し、男性側は契約締結そのものを否定していた。

江上裁判官は判決で、受信契約書に記載された署名と(裁判の)宣誓書に記載された男性の字体が一致せず、男性の妻とも筆跡が異なると認定。「受信契約を締結したものとは認められない」として、「放送受信料の支払い請求は理由がない」と結論付けたのだ。

NHKは「判決内容をよく読んで対応を検討します」(広報部)と平静を装っているが、コトはそう簡単に済む話じゃない。受信契約書の筆跡が男性本人でなければ、一体、だれが男性の名を勝手に記入したのか。ヘタをすれば「私文書偽造」の刑事事件に発展しかねない大問題だ。

勝訴した男性もこう憤る。
「私はNHKに契約書を見せてほしいとずっと言い続けてきたが、なぜか、NHKは契約書を見せませんでした。6年経って初めて契約書が提示されたのですが、おそらく私文書偽造の時効(5年)を迎えたからではないかと思っています。NHKも刑事事件を避けたかったのでしょう」

男性の言う通りなら、NHKは契約書に勝手に個人名を書き込み、受信料を徴収しようとしたワケで、ヤクザ顔負けの悪徳手法だ。元NHK職員でジャーナリストの立花孝志氏がこう言う。

判決で注目すべきは、裁判所がテレビを持っていても、契約書がなければ払わなくていい、と判断したことです。NHKは、テレビを持っていれば支払い義務は生じる、との姿勢ですが、それが否定されたのです

NHKの受信料不払いをめぐっては、全国各地で訴訟が起きているが、契約書がなければ支払う必要ナシということらしい。不払いが続出すれば、NHKの経営に打撃を与えるのは必至だ」

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まず率直な感想をいうと、この国は、やはり、とっくの昔に滅んでしまっており、わたしたちは墓場で酒盛りをやっているのである。政治もメディアも国民も。

男性のいうとおりなら、犬HKが受信料を払えといって、偽の受信契約書を作ったのである。男性は、そんなものは書いていない、見せてほしい、という。すると、犬HKは、時効がくるまで隠して見せない。この幼稚さ、想像力の欠如、鈍感さ。これが現在の政権から末端の庶民に至るまで覆っている。

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これは放送法を越えて、もはや私文書偽造の問題だ。しかも時効(5年)を迎えてから提示したというから、悪質である。

NHK会長の諮問機関「NHK受信料制度等専門調査会」では、かりにテレビが家になくても、パソコンがあれば受信料を徴収するのが望ましいとした。

しかし、現在のところ、法的にはテレビをもっていても契約書がなければ払わなくていいのである。

犬HKは金にはまったく困っていない。職員の平均年収は約1200万円だ。平均的な国家公務員の年収が約600万円、民間サラリーマンの平均年収408万円と比べても2~3倍ももらっている。

それで私文書を偽造して裁判に持ち込んでまで受信料をとる。冷酷というか、浅ましいというか、これなら政府の広報・広告機関といわれても、何の痛痒も感じないだろう。

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既得権益支配層の狙いは、実は受信料の徴収にあるのではない。必ず受信料を徴収して、犬HKを見ざるを得ないようにする。そのことで、政策の刷り込み(洗脳)を確実にすることだ。これが犬HKのミッションなのだ。今のテレビ離れ、新聞離れは、それだけ自由に自分の頭で考える国民を増やす。それに危機感を覚えているのだ。

いずれにしても、これで現在の、政府の広報・広告機関と化した犬HKに対する、受信料不払いは勢いを増すにちがいない。「見る自由」もあれば、「見ない自由」もあろう。ネット(第1段階)に続いてリアル(第2段階)を政治化するために、この国では、「見ない自由」が何よりも大切なのである。

今回のメルマガでは、ソーシャルメディアと政治の問題を考えてみよう。

クレイ・シャーキー(ニューヨーク大学教授。専門はニューメディア、インターネット論)は「ソーシャルメディアの政治権力 ― バーチャル空間における言論と集会の自由を重視せよ」のなかで、次のように書いている。

「その功罪については白黒つけ難いが、ソーシャルメディアは世界のほぼすべての政治運動において連帯を強化するための調整ツールとして機能するようになった。一方で、世界の権威主義政権のほとんど(そして、次第に民主主義政府の多く)は、人々のソーシャルメディアの利用とアクセスを制限しようと試み始めている」(『Foreign Affairs Report』2011 NO.2)

これは4年前に書かれた論文であるが、現在の反体制派と権力との、ソーシャルメディアをめぐる攻防は、より先鋭化している。

インターネットの黎明期には、ネットがすぐにでも社会変革につながるような夢が語られてきた。その場合には、その国のリアル世界に、ネットの呼びかけに応えるような成熟した政治意識の高い民度がなければならない。

これが実はわが国の市民運動・反政府運動には、もっとも辛いところだ。

ネットとリアルとの意識の違いは、これまで情報格差と呼ばれてきた。それもあるが、より根本的には、覚醒したネットと、東京の大手メディアに洗脳・誘導される家畜化されたリアルとの、民度の違いである。

放射能汚染、内部被曝の問題は、いくら説明しても、犬HKとは違うことを喋る人間が煩わしいのだ。

さらにクレイ・シャーキーは、こうも書いている。

「1948年の米大統領選挙後に実施された政治的意見に関する有名な研究で、社会学者のエリフー・カッツとポール・ラザースフェルドは、「マスメディアだけでは人々の意見を変えられないこと」を立証している。そのためには、2段階のプロセスが必要になる。

特定の意見が最初はメディアによって伝えられ、その後、特定の認識が、それを読んだ人々の友人、家族、同僚たちへと広がっていく。政治的意見が形作られるのは、この第2段階においてだ。

インターネット、特にソーシャルメディアが大きな違いをもたらすのも、この第2段階においてだ。プリントメディア同様に、インターネット空間では情報を消費するだけでなく、意見の形成が刺激される。人々は私的・公的なスペースで意見を形作るとともに、立場の違いを論争することができる

ネットとリアルの往還というのは、これまで何度もわたしはメルマガで書いてきた。ネットだけで社会が変えられるわけではない。それは第2段階のリアルで政治化される。

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