日本維新の会の退潮が著しい。

わたしは、衆議院選挙の前から日本維新の会に吹く風は一度だけ、といってきた。日本維新の会の正体は、石原慎太郎が小沢一郎から橋下徹を奪ったところに隠れている。

衆議院選挙の前に、マスメディアの援護を受けて、飛ぶ鳥を落とす勢いの橋下徹をめぐって、様々な連携の呼びかけがあった。橋下徹が、小沢一郎に敬意を払う発言を繰り返すのに慌てた既得権益支配層は、「国民の生活が第一」(当時)の伸張を恐れ、石原慎太郎を先頭に押し立てて、日本維新の会と太陽の党との野合を実現させたのである。

つまり日本維新の会は第二自民党であり、橋下徹自身は自民党安倍派にすぎない。

選挙の後にそのことが国民にも認識され、退潮が始まったのだが、この流れは止まらないだろう。

あわてた橋下徹は自民党との違いを出すのに躍起になり始めた。

橋下は、どうやら憲法で自民党との違いを出せば、国民をまたぞろ騙せると思ったらしい。

「自民党の憲法観は、国家と公権力という区分けがあまりされていないなかで、公権力の行使を強く出しすぎており、危険で怖いが、自民党の憲法改正草案は、僕らの世代以降からは好感を得られないのではないか」

「自民党との憲法観の違いはしっかり出さないといけない。自民党は政治家の立場で憲法を論じているが、僕自身は、今の立場を辞めて一市民になったときに、公権力はどうあるべきかという視点で考えていきたい。党全体のコンセンサスになるかどうかわからないが、しっかり議論して最後はまとめたい」

今頃になって、自民党の憲法は恐い、とはよくいったものだ。自民党の「日本国憲法改正草案」が発表されたのは、2012年4月27日である。暮れの衆議院選挙の半年以上も前のことである。

橋下徹はタレント上がりの政治家である。信念ではなく、風の向きでいうことを変える。政策を変える。消費税増税反対、原発、TPPも、賛否どちらが票に結びつくかで変えてくる。そろそろこの男の正体を見抜かねばならない。

たとえば、知事時代から「口で言って聞かないと、手を出さないとしょうがない」と体罰を容認する発言をしてきた。こういう姿勢が、生徒を自殺(この場合は他殺と同じである)に追いやった桜宮高校などの、体罰教師を増長させたのである。

このとき橋下徹は、自殺生徒にあわてて、教委と学校を悪者にして逃げ出した。原発再稼働容認と同じで、クルッと変わる。

石原慎太郎は「日本は核を持て、徴兵制をやれば良い」と語った。橋下は、「勝つためには傭兵制なんだけども、責任を根付かせるためには絶対僕は徴兵制は必要」と語った。自民党の憲法草案は恐い、と語る前に、自分の思想が自民党憲法草案より更に先を行っている、ということに気付くべきだ。

いずれにしても橋下徹は、公明党と同じように次の選挙では自民党のブレーキ役の芝居をするようだ。

しかし日本維新の会の国会での動きを見ると、ブレーキ役どころか、むしろ自民党のアクセル役である。共同代表の石原慎太郎が、安倍晋三に改憲でハッパをかけるばかりか、公明党では改憲はダメなのではないか、と暗に日本維新の会を売り込む有様だ。

橋下徹に、選挙目当てとはいえ「恐い」といわれた自民党憲法草案であるが、実際、自民党の反動の動きは急である。

戦後50年の平成7年に、当時の村山総理大臣が過去の植民地支配と侵略に対し痛切な反省を表明した、いわゆる「村山談話」を発表した。この「村山談話」の変更を、自民党の高市政務調査会長が、検討すべきだ、と発言した。

これは、戦後70年の再来年に、新たな総理大臣談話が出される場合、村山談話の「侵略」などの文言の変更を検討すべきだとしたものである。

高市は、「『侵略』という文言を入れている村山談話にしっくりきていない」と述べた。
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もうひとつ自民党幹部の注目すべき発言があった。

5月11日のTBS時事放談で、自民党幹事長の石破茂が、次のような趣旨の発言をして物議をかもしている。

「国民が何を思い、どんな思想を持とうと自由かもしれないが、それは社会とは離れたところで願いたい。公共の場に個人の思想を持ち出されては困る」

まずいっておきたいのは、反動的で、国民の思想や表現の自由を否定するこの石破茂の思想自体が、一風変わったユニークな個人の思想だということだ。個人の思想をテレビ(公共の場)に持ち出しているのは石破本人である。

普通に考えて、石破のいう「公共の場」には、政治家の場合、国会の質疑も政治家の街頭演説も入る。テレビ出演も出版も雑誌や新聞への寄稿も入るだろう。そこで政党の政策を述べるのはいいけれど、個人の思想を述べるのはいけない、とした場合、その線引きは、誰がどこでするのであろうか。あるいは政治家は政党の政策をしゃべるロボットか。

政治家以外の国民が、集会で、講演会で、出版物で、ネットで、個人の思想を述べるとき、それは公共の場であるが、政権与党の政策を批判するものであったり、世間の常識と異なるものは許されないとする監視・弾圧は、果たして国の文化を豊かにするのか。

石破の発言には、文化に対する、とてつもない傲慢な態度、無知が潜んでいる。石破思想の下では、国家も民族も決して豊かにはならない。

政治は、個人の思想や芸術に干渉してはならないのである。

国民の多数派が常に正しいとは限らず、国民の多数派に支持された政権与党が常に正しいとも限らないのである。まして国民の多数派が好む思想や芸術が優れているともいえないのだ。逆に、多くの場合、すぐれた思想家、芸術家は、時代の先を歩むため、孤立し、不遇の道を歩むことが多い。死後に評価された思想家・芸術家は多い。

多数派が間違っていて、少数派の正しさが後になって証明されるという歴史は決して少なくない。

大切なのは少数意見を軽視しないことである。かりに自分が多数派であったとしても、自分が間違っているかもしれないという透徹した認識を手放さないことだ。

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