生活の党代表小沢一郎の政治裁判を通じて、我が国の司法と権力との癒着、三権分立の幻想が明らかになった。日本の司法は政治から分立していない。

しかしこの認識はまだ底の浅いものだ。実際は我が国のマスメディアと同様に、司法もまた米国に隷属している。我が国の官僚、とりわけ外務、防衛、司法官僚は、自民党を支配下におきながら、直接に米国に隷属している。

こういう見方は、従来、陰謀論として軽視されてきた。しかし小沢一郎の政治裁判を通じて見えてきたもののひとつに、陰謀論というレッテルを貼る者たちの、重層的な無知がある。賢明な日本国民は、この国の対米隷属の現実、悲しむべき植民地の実態を知るようになった。

こういう認識に最も良いことは、決定的な事実が、できるなら米国からの情報として情報公開されることだ。それが出てきた。

まず対米隷属の、マスメディアの元締め犬HKの情報を引用しよう。これなら陰謀論者も打ち消しにくいはずだ。

4月8日の『NHKニュース』が「司法権の独立揺るがす」資料見つかる」と題して次のように報じている。

「昭和32年にアメリカ軍基地を巡って起きたいわゆる「砂川事件」の裁判で、「アメリカ軍の駐留は憲法違反」と判断した1審の判決のあとに当時の最高裁判所の長官がアメリカ側に1審の取り消しを示唆したとする新たな文書が見つかりました。

研究者は、司法権の独立を揺るがす動きがあったことを示す資料として注目しています。

「砂川事件」は、昭和32年7月、東京のアメリカ軍・旧立川基地の拡張計画に反対したデモ隊が基地に立ち入り、学生ら7人が起訴されたもので、1審の東京地方裁判所は、「アメリカ軍の駐留は戦力の保持を禁じた憲法9条に違反する」として7人全員に無罪をいい渡しました。

1審の9か月後、最高裁判所大法廷は、「日米安全保障条約は我が国の存立に関わる高度の政治性を有し、司法審査の対象外だ」として15人の裁判官の全員一致で1審判決を取り消しました。

今回見つかった文書は、最高裁判決の4か月前の昭和34年8月、アメリカ大使館から国務長官宛てに送られた公電です。

元大学教授の布川玲子さんがアメリカの国立公文書館に請求して初めて開示されました。

文書には、当時の最高裁の田中耕太郎長官が最高裁での審理が始まる前にレンハート駐日首席公使と非公式に行った会談の内容が記されています。

この中で田中長官は、「裁判官の意見が全員一致になるようにまとめ、世論を不安定にする少数意見を回避する」などと語り、全員一致で1審判決を取り消すことを示唆していました。

文書には、田中長官の発言に対するアメリカ大使館の見解として、「最高裁が1審の違憲判決を覆せば、安保条約への日本の世論の支持は決定的になるだろう」というコメントも書かれていました。

会談当時は、日米両政府の間で、安保条約の改定に向けた交渉が行われている最中で、アメリカ軍の駐留を違憲とした1審判決に対する最高裁の判断が注目されていました。

文書を分析した布川さんは、「最高裁長官が司法権の独立を揺るがすような行動を取っていたことに非常に驚いている。安保改定の裏で、司法の政治的な動きがあったことを示す資料として注目される」と話しています。

専門家「文書は大きな意味」

日米外交史が専門で、東洋英和女学院大学教授の増田弘さんは、文書に記録された内容がやり取りされた背景について、「アメリカ政府は、翌年1月に安保改定を控え、在日アメリカ軍が違憲だという法的判断を認めるわけにはいかなかった。また、経済成長を重視し、軽武装でいきたい当時の日本政府にとっても在日アメリカ軍に依存する必要があった」と分析しています。

そのうえで田中長官の発言については、「翌年の1月より前に1審判決を退けてもらいたいというアメリカの要望にも配慮しながら、そのような動きをしていたと考えられる」と指摘しています。

増田さんは、1審判決を取り消したその後の最高裁の判断は、「日米の安全保障における重大な分岐点であり、文書は非常に大きな意味を持つと思う」と話しています。

また、憲法学が専門の早稲田大学の水島朝穂教授は「司法のトップが1審判決を取り消す見通しを事前に伝え、少数意見も出ないよう全員一致を目指すと約束するなど、ここまでアメリカに追随していたかとあぜんとした。司法の独立が放棄されており、さらなる解明が必要だ」と話しています」
(引用終わり)
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砂川闘争は、1955年から1957年にかけて、東京都北多摩郡砂川町の米軍立川基地拡張の反対闘争である。

労働組合とともに全学連も参加した。1960年の安保闘争、68~69年の全共闘運動に引き継がれ、学生運動の原点となった闘争である。

1957年7月8日、特別調達庁東京調達局が強制測量をした際に、デモ隊の一部が、米軍基地内に数メートル立ち入ったとして、デモ隊のうち7名が、起訴された。

1959年3月30日に、東京地方裁判所で第一審判決を下したのは、伊達秋雄である。

この判決で伊達は、日本政府がアメリカ軍の駐留を許容したのは、日本国憲法第9条2項前段によって禁止される戦力の保持にあたり、違憲である、とし、全員に無罪の画期的判決を下した。有名な伊達判決である。

これに対し、検察側は直ちに最高裁判所へ跳躍上告した。

当時、最高裁判所の裁判長は田中耕太郎であった。田中は、同年12月16日に、憲法第9条が禁止する戦力とは、日本国が指揮・管理できる戦力のことである、として、米軍は戦力にあたらない、とした。つまり、米軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しないとしたのである。

そして、日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない、として原判決を破棄し、地裁に差し戻した。

今回の資料の発掘によって、最高裁長官が自ら米国にいわれるままに米国の望むような判決を書き、しかも判決の内容を事前に知らせるという、三権分立の尊厳を貶める対米隷属の現実が明らかになった。

大切なのは、日本が三権分立の「法の支配」の下にあるとの認識を改めることである。 「法の支配」は幻想にすぎない。

もともと三権分立とは、国家権力を立法・司法・行政の三権に分立し、相互に抑制と均衡を保たせ、緊張状態を維持させることで、国民の人権を守っていこうとしたものである。

しかしこれはあくまでも建前にすぎない。今日の日本では、官僚が自民党や民主党を支配下に置いているように、行政権が圧倒的に強大である。

民主党政権下でも、現在の自民党政権下でも、提出される法案の大多数は省庁提出のものである。

とりわけ民主党野田内閣になってからは、野田佳彦が民主主義の何たるかを全く理解できなかったことから、民主党・自民党・公明党の3党のみで合意形成を図るように立法機関は形骸化してしまった。

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