(風化しつつある阪神・淡路大震災に抗して、『みず』と題して、個人的な体験を発信します)

『みず』

 

6 為川秀一

テレビは、夜になってもまるで死に酔いつぶれたように燃えさかるゲットーを映し続けていた。あるテレビでは黒澤明の映画「乱」のテーマ曲を流していた。

消防士がホースを向けながら転倒したとき、曲はクライマックスに達した。画面の奥から、醒めた、それでいて軽薄で不謹慎な眼が視聴率を弾いていた。

『人が現実に死んでいる現場で、『乱』のテーマ曲を流すとはどういうことだろう。これは映画ではなく、現実なんだ。東京にとっては、結局すべてはローカルな問題なのだろう。大火は視聴率をとるための、ひとつの絵にすぎないのかもしれない』

凌辱されているような悔しさがこみ上げてきた。燃える神戸。消防署は何をしているのだろう。何のための自衛隊なんだ。

電話が鳴った。

「すぐ電話したけど通じなかったのよ。大丈夫だった?」

博多の姉からだった。

「昨日は部屋に誰もいなかったから。家族そろって車のなかで過ごしたからね」

「大変な目に遭ったわね。火災は大丈夫だったの?」

「このあたりは大丈夫だったんだ。火災は神戸の中心部で起きている。水道とガスの復旧がまだで困っているんだ。電気はついている」

「それじゃあなたたちお風呂に入ってないの」

「あちこちに水をもらいにいって、電気ポットと、小さなガスボンベでお湯を沸かして、なんとか体は洗っているんだけど」

「たいへんね」と姉がいった。「まるで終戦後の日本みたいね」

「一部の町はそれよりひどいみたいだね。おれもテレビでしか知らないのだけど、ビルがサイコロを転がしたみたいにひっくり返っているからね。火災で燃えただけじゃないんだ。ビルがひっくり返っているから。こんな光景は終戦時にはなかったと思うよ。あっ、来たっ」

「え?」

「余震だよ」

「たいへんね」

姉の声が泣き声になった。

「これは震度4だな」

余震が続くうちに、それがどの程度のレベルの揺れであるか正確にわかるようになっていた。体がふわふわと浮遊している感じが続いている。

「何か送ろうと思っているのだけど、無事につくかしら」

「送らなくていいよ。一番欲しいのは水だけど、水を送るわけにもいかないしね。おれが住んでいる西区は町が焼けることもなかったし、店も開いているから、なんとかやるよ」

しばらく話をして受話器を置いた。と同時に、わたしは退院したばかりの為川のことが気になり始めた。

為川は1年前に大病を患い、入退院を繰り返し、どうにか現場に復帰したときに、この大地震に遭う。かれはわたしと同じ歳で、当時、神戸市内の星陵高校で数学を教えていた。

かれに電話を入れ、喫茶店で会うことにした。地震が起きて、3日目である。

為川に会うと、すぐに大火の話になった。しかし大火災の話をしながら、わたしは、退院の意味とその後の変化を探るように、かれの顔をためつすがめつした。それに気付いたのか、かれは以前と同じように明るくふるまっていた。しかし何かが違っていた。ことばに刻印される終わりの予感。

「燃えてしまうというのは、消えるということだな」と為川がいった。「最後は、すべては灰になるわけか」

わたしは為川の顔を見た。やせ細った顔の奥で両の眼が暗く遠くを見ていた。

「そういうことでもないよ」とわたしはいった。「最後まで燃えないものがある」

「もし火をつけたら?」

「それでも燃えないものがあるんだ」

「何だよ、燃えないものって」

「ことばだよ。希望のことば」

為川は黙って喫茶店の窓から遠くを見ていた。ややあって、

「この世には何億という人間がいる。そのなかで、よりによってなぜおれがこんな病気にかからなくちゃならないんだ」

わたしは黙って喫茶店の窓外を見た。心でこう呟いた。

『為川さん、ごめんね、すまんかった。きみがこんげなこつになるってわかっちょったら、けっして政治や思想の世界に、そして職場改革の戦いに引き込まんかった。文学や映画の世界に決めて、きみとは楽しくつきあったっちゃが。こんげな病魔がきみを襲うなんて知らんかったつよ。これから喧嘩はおれひとりでやっからね、はたから見ちょってくんない』

兵庫工業にいた頃、わたしが改革の方針を一言喋ると、為川は放課後に土木科、化学科、機械科、電気科、電子科と各科をまわって、10人、20人の支持をとりつけて帰ってきた。それは驚くほどの行動力であり、人望だった。
〈続く〉

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