(風化しつつある阪神・淡路大震災に抗して、『みず』と題して、個人的な体験を発信します)

『みず』

 

5 落城の神戸

店頭の4リットルボトルにわたしは目をとめる。水を販売していたのだった。

買おうと思ってボトルに貼られた値札を見る。乱雑に並べたボトルにはマジックでびっくりするほどの値段が書かれていた。地震の起きた日の昼頃だった。

『人の弱みにつけこんで、なんという店だろう。これからこの店では二度と買い物をすまい』

わたしはその店から何年間も買い物をしてきていたが、一度に店主の品格を覗いたような気持ちになった。

『日頃お客にお世話になっているのだから、こんなときこそ赤字覚悟で近所に水を配って歩いたら、どれほど感謝されただろう』

マンションのインド人がやってきたが、値札を見ると、肩をすくめて立ち去った。

近くのコープが開いていたので、簡単な食料とペットボトル入りの水を求める。車のなかで食べた。

長女のインフルエンザはどうやら治りかけらしく、平熱を保っていた。

車のなかでラジオに聞き入っていると、しきりに長田区などの火災を伝え始めた。しかしわたしはそれがどれだけ大きな火災であるかを実感できなかった。ただ、地震に追い打ちをかけるようにとんでもない事態が進行していることがわかった。

夜になって車を出て東の方角を見やる。わたしの不安を映して、夜空はかすかに赤く染まり、猛火の残照のように禍々しく見えた。ここからそれほど遠くない猛火のなかで、死がひしめき合っている。その同じ時間帯にいることが、西区にいると信じられなかった。

車のなかで一夜が過ぎた。

窮屈な姿勢で寝たこともあって、体の節々が痛み、疲れが残っていた。3人の娘たちも口々に体の疲れを訴え始めた。

昼頃になってマンションに戻る人々が増えてきた。ガスも水道も止まったままだが、電気はつくらしい。

マンションに入ってみると、あれほど揺れたわりには、建物に目立った亀裂はなく、寝泊まりに心配はないように思われた。倒壊の恐れはないようである。

家族を連れて7階の部屋に入る。恐るおそる電気をつけた。巧い具合についてほっとする。

テレビをつけた。突然、画面に広がる火の海。テレビは昨日の大火の模様を映しだした。
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大地震の後に落城する神戸。

神戸は呆然としていた。炎は胸を叩きながら、火の乱数を容赦なく打ち続けている。大雨でも降らなければ消火できないだろうと思われるほどの火勢だった。

わたしはいたたまれなくなって、ひとりでマンションを出、駐車場へ歩いた。

今日の風呂は?

『そうだ、水を確保しなければいけない。山のふもとには村がある。村には農家があり、農家には井戸がある。井戸から水をもらえる』

わたしは近くの店で、容器を数個買い求めると、北の方角を見た。小高い丘陵が見える。その方向に車を走らせると、前方に畑が広がる。農道に車を入れる。ふもと目掛けて、ゆっくりと車を走らせる。

農家に突き当たった。先客がいて、すでに井戸から水を汲んでいる。近所の顔見知りの女性だった。わたしが彼女のボトルを車に運んでやろうとすると、

「いいわよ、これくらい」

彼女は水の入ったふたつの容器を軽々と両手に抱えて車に運び始めた。

「すごいな」とわたしはいった。「これだったらきみのうちは男手がふたつあるようなものだな。あははは」

彼女はふんと顔を背ける。最後のふたつの容器を、今度は心持ち重そうに抱えて車に運ぶと、車で走り去った。わたしは若い頃から大方の男性が敬遠するような強い女性と仲良しになる。しかし、わたしの正直さがたたって、最後はいつもひどい目に遭わされて終わる。溜息を吐くと、農家の奥に向かって、

「水をください」

屋敷はしんとしていて、人気がなく、農作業に出払っている感じが、廃虚のようである。

大声で、すみません、水をください、と叫んだ。ややあって、母屋の方から、どうぞ、という声が返ってきた。

水をボトルに詰めて帰路につく。捨てずに置いてあったベビーカーをもって降りるように細君に電話し、7階の部屋に運び入れる。すでにエレベーターが使えたので重宝した。この水運びはそれから連日続いたので、もしエレベーターが使えなかったら、わたしは腰痛になって途中で倒れていたかもしれない。

年頃の娘がいたので、毎日風呂だけは入れてやろうと思った。

まず電気ポットに水を入れる。沸いたら風呂に運び、すぐに新しい水を入れて沸かし続ける。

一方、ベランダの小型のガスボンベでお湯を沸かす。

これも急いで風呂に入れる。この2個所の作業を何回か繰り返し、水を足すうちに、なんとか風呂らしきものができあがる。

まず細君と娘たちを風呂に入れる。彼女たちが出ると、お湯が冷めないうちにわたしも急いで風呂に飛び込む。

こうして風呂だけは毎日入ることができた。
<続く>

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