(風化しつつある阪神・淡路大震災に抗して、『みず』と題して、個人的な体験を発信します)

『みず』

 

3 予言は眠らない

初めて教壇に立った東京では、実に真剣に防災訓練をやっていた。

とりわけ地震の避難訓練に熱心だった。そこにはすぐにでも関東大震災規模の地震がやってくるといった真剣さがあった。

「グラウンドに避難して点呼終了まで、前回の避難訓練より20秒遅くなっているっ」

と、ある学校に勤務しているとき、教頭で、背の低い、頭の禿げ上がったのが、引きつったような顔で絶叫する。前の方の生徒たちがくすくすと笑った。

「何がおかしいっ。命に関わることだぞ!」

生徒が笑ったのは、朝礼台の教頭の、ズボンの前がだらしなく空いていたからだった。トイレもそこそこに大あわてで飛び出してきたらしい。

またあるときの避難訓練だった。件の教頭は朝礼台で絶叫した。

「前回の避難は最終点呼まで12分27フン、今回は12分58フンかかっている。これはどういうことだ。31プンも遅れている!」

秒と分を言い間違えてしまったのだ。生徒がゲラゲラと笑い始める。

「何がおかしいっ。笑えないようにしたろか!」

怒れば怒るほど笑いの神が降りてくる不思議なキャラクターの教頭だった。

東京の、スマートで乾いた人々の心。関西では問題になることが、東京では軽く受け流されて問題にならない。そして明日にも来そうな地震の気配。それもわたしの、帰りたい、という思いを強めさせた。

わたしにとって関西は懐かしさ以上の何かがあるところだった。京都の暗さと知の奥深さ。大阪のむき出しの本音と生活にまで染みこんだアナーキズム。因果なことにそれらに接するとわたしは安らぐのである。

その他にも、何かこう、悲しげな呼び笛がいつもわたしを呼んでいた。

呼ばれるようにわたしは神戸へやってきた。下宿探しに須磨駅のホームで潮の香をかいだとき、わたしはすっかり上機嫌になった。

「ホームから海が見えるなんて! 東京ではホームから見えたのはセメントの壁だけだった」

神戸での生活が始まった。須磨の千守町から下り坂を歩いて須磨駅に向かう。さて職場に着くと、「あんた、こんな風流なものをつけて」と年配の教師がわたしの肩から桜の花びらをとってくれたりした。

たまさか、学生時代に見てもらった易者の姿を思い返すことがあった。

『今までのところ易者のいったことはすべてあたっている。おれは東京に行き、関西に戻ってきた。そして、結局あの人とは一緒になれなかった。おれを待ちかまえている大きな厄災とは何だろう』

わたしは兄弟の顔を、そして職場の同僚の顔をあれこれ思い浮かべ始める。

『いずれにしても神戸にきて、東京の地震から逃れられたことだけは確かだ』

 

真冬の1月17日。早朝の午前6時前。

外はまだ暗かった。肌を突き刺すような寒さが襲ってくる。

わたしは高校生の長女を車に入れて暖房をきかさなければ大変なことになることに気づいた。長女がインフルエンザに罹っていたのである。しかしマンションの倒壊を恐れて、大急ぎで飛び出したので、車のキーは7階の自室に置いたままである。

『あと、30分もこの寒さのなかに娘をさらしたら、間違いなく娘は高熱をだすだろう。病院に連れていったところで、病院がつぶれていないとはいえない』

わたしは制止する妻や子供を振り切って、ひとりでマンションの7階に非常階段を上がっていった。

玄関をあけてリビングに入る。部屋にはいろいろなものがひっくり返って、混乱の極みである。電気が消えていて、部屋は暗く、車のキーを探そうにも、手探りではどうしようもない。

娘の顔が浮かび続けていた。わたしは一刻を争うと思った。

『そうだ、仏壇の引き出しにローソクがある』

薄明かりを頼りにローソクを取り出し、マッチを擦って火をつける。

足下をかき回して目的のキーを探し当てた。免許証と財布も見つかった。ローソクを消し、今夜は車のなかで明かすことになるだろうから、毛布を何枚か持ってふたたび非常階段を降りた。

下で経緯を説明すると、もしガスが漏れていたら大変だった、ということになり、わたしも自分の迂闊さに頭を抱え込んだ。

100メートルほど歩いて駐車場に行き、車に細君と3人の娘を入れる。早速暖房をつけた。ガソリンは十分に入っていた。

もし駐車場が陥没して車が落ちたときのことを考えて、わたしの横だけ少しドアを開けたままにした。ひとつだけでもドアがあけば、そこから全員が脱出できるからだ。

ラジオをつける。垂水でビルが倒壊し、人がひとり死んだことがわかった。

「そんな筈はない」とわたしは呟いた。「これほどの揺れで、死者がひとりということはありえない。これから時間を追って被害は甚大なものになるだろう」

<続く>
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