(風化しつつある阪神・淡路大震災に抗して、『みず』と題して、個人的な体験を発信します)

『みず』

 

1 大揺れ

最初、その大揺れのなかで、わたしは自分が夢を見ていると思った。

書架の函入りの大判の画集が何冊も頭に落ちてきた。その痛さにすぐに夢ではないことがわかった。

わたしは両腕で頭を抱えながら、ああ、と叫んだ。きっとマンションの敷地内で工事中のガスボンベが何本も爆発したのにちがいない。しかしその考えもすぐに消えた。揺れが尋常でなく、長く続いたからだ。13階建てのマンションがギシギシと赤い悲鳴をあげていた。

これは地震であり、このマンションは倒壊する。自分はここで死ぬのだ、と思った。死はいずれ誰にも訪れるが、しかし、こんなことで死ぬのが口惜しかった。もっと意味のあることに賭けて、意識的な死を迎えたかった。それが天災のなかで死を迎えるなんて。これはわたしの嫌った偶然の死そのものではないか。

大揺れは、どうせ死ぬのならもう勘弁してくれ、といいたいほど長く続いたが、やがてマンションの不気味な軋みがやみ、黒い静けさが訪れる。このときの解放感というか、嬉しさは、一瞬のことだったが、腹の底から突き上げてくるほど強いものだった。

助かった、と思った。

その不思議な感覚は初めて体験するものだった。おれは運がいい、と心の底からほっとした。命拾いというが、ほんとうに命を拾った、という感じだった。

ふすまをあける。リビングの照明が天井に届くばかりに大きく揺れている。わたしは、実は先ほど大声をだしたことで、内心忸怩たる思いに駆られていたのだが、その笠の揺れを見たとき、ほっとした。おれの驚きは当然だったのだ。この笠の揺れを見てみるがいい。これはとんでもない規模の地震だ。

実はこの最初の一撃で何千人かの人が死んでいたのだが、それほどの大揺れだったということは、リビングの照明の大揺れを見ながらも、まだわたしにはわかっていなかった。

リビングを見て、ぎょっとした。ピアノが部屋の中央に移動している。それはにわかには信じられない、夢のような光景だった。

このピアノは、じつはつい先日、数人の生徒会の生徒に晩飯をおごって、手伝ってもらい、位置を変えたばかりだった。

目を横にやると、台所の冷蔵庫が倒れて、いろんな食材が床にこぼれている。水屋から皿やコップが投げ出され、台所は足の踏み場もなくなっている。振り返ると、自分の蒲団の足下にテレビが、転がっていた。

「外に出なさい、早く」

わたしは妻と3人の娘をせかせた。余震でこのマンションが倒壊するかもしれないからだ。

マンションの7階から地上に降り立ったとき、助かった、という思いがふたたびこみ上げてきた。これでマンションの倒壊という2次被害で死ぬこともなくなったわけだ。変な話だが、地上にいるというだけでわたしは深い安心に満たされていた。

同じように外に飛び出してきたマンションの住民が、13階建てのマンションを不安そうに見上げていた。冬の、まだ薄暗い早朝で寒かったが、誰もが着の身着のままである。なかには、とても5分とこのままではいられないと思われるような薄着の人もいる。

ややあって屋上の巨大な給水塔が壊れて、滝のような水が降り注いできた。それは暗い終末的な音を立ててアスファルトに落ちた。

「このマンションはつぶれるんや」

側にいた30代の男がいった。
〈続く〉

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