(風化しつつある阪神・淡路大震災に抗して、『みず』と題して、個人的な体験を発信します)

『みず』

 

9 阪神淡路大震災と水

全国の教育現場の校長、そして教頭に聞いていただきたい。

ヒラの真剣な改革派は、あなた方の代行者であり、その手弁当の必死の闘いに対して、廊下でたまたま会ったときに励ましの声をかけるのではなく、制度的にサポートしてやってほしいのだ。

あなたたちも少しぐらい血を流したらどうだろう。

北須磨高校の例でいうなら、わたしがいた頃、部長・主任は、そのポスト毎に職員の選挙で選んでいた。

教師は、指導部長は誰にする、教務部長は誰に投票する、1学年の主任は誰がいいと、それぞれに投票する。

ところで徹底的に投票が組織化されていたので、一票だけ組合が多いと、すべて組合の息のかかった部長・学年主任が選ばれる。

選ばれた部長・主任は、自分たちは組合票で選出されたとわかっているので、その線で動く。

たとえば部長・主任10人の選出を、1人1票でおこない、それを参考にして校長が部長・主任を任命するように校長がしてくれていたなら、わたしたちの仲間が数人はポストに就き、どれほど学校改革のスピードは早まり、犠牲も少なくてすんだことだろう。

管理職は何もしなかった。その方が組合のいじめに遭わずにすむからだ。

実は、わたしは北須磨高校の前に、兵庫工業高校で、学校改革の闘いをやっており、それ以降、わたしには、何かと兵庫工業高校のときのようにやってもらいたい、そして自分もその恩恵にあずかりたいという校長の策動がまとわりつき始めるのである。

それはしつこかった。

はっきりいっておくが、学校改革というのはまずは校長がやるべきものである。

わたしのように校長になるつもりもなければ、校長という人種にたいしてあまりいい感情をもっていない者にたいして、どうしてしつこくまとわりつくのだろう。

わたしが怒るのは、まず、校長と教頭に学校改革の必然性も情熱もなかったことだった。

わたしと一緒にやる気持ちさえない。協力する気持ちもない。しかし、わたしに執拗に学校改革をしむける。

要は、県からの何らかの賞が欲しいのであろう。

しかし、組合は恐い。だから、火の粉を被らないために、わたしに裏で改革を仕向ける。それは校長の指示ではなく、勝手にわたしがやっていることにしたいのである。

世間は学校現場を知らない。リーダーシップのかけらもない、教育への情熱もない、子供を好きでもない人物が、大勢校長や教頭になっているのである。

昨今、橋下徹などが教育改革に熱を入れている。そして校長の権限を強めようとしている。

そんなことで子供の学力が上がるのだったら、とっくの昔に大阪の学力は日本一になっていたであろう。

「生命保険の額を増やしておいてよかったよ」と為川がいった。「この病気がわかる前に増額したんだ。別に体調が悪かったわけではないんだが、虫が知らせたのかな」

ふたたび昨日の大火の話になった。

「ことばか……。やるなら今のうちかも……」

そう呟くと、為川は黙った。わたしはそれがどういう意味かわからなかったが、訊くのが憚られるような厳しい雰囲気を為川は湛えていた。しばらくして わたしたちは喫茶店を出、わたしはまたぞろ水を求めて車を走らせ始めた。

玄関のブザーが鳴った。管理組合か自治会の仕事をしている男が目の前に立っている。被害調査の用件はすぐにすんだが、かれはわたしが教員をしていることを知っていたらしく、被災者が泊まり込んでいる学校での、教師のボランティア活動に触れ、

「あなたは行かなくていいのですか」

またか、とわたしは思った。この種の手合いはどの時代にもいたるところに必ずいる。

「上の階で、すかしっぺをするのをやめてもらえますか」

とわたしはいった。

「え?」

「あなたはよく部屋の隅に行ってすかしっぺをしているでしょ。建物に亀裂が入ったせいか、微妙な音まで下に聞こえるんですよ。あなたが、すかしっぺをするたびに下では顔をしかめているんですよ」

「あ、あなたは何という……」

かれはそれから外で会うたびにわたしを睨みつけるようになった。わたしのユーモアは高級なので、よくスベる。

こういう場合のわたしの原則はとても明確だった。まず自分とその家族の生活と安全をしっかりと確保する。

それができて、余裕があれば他のことに手を伸ばす。

今はそれどころではなかったのである。わたしが1日家を空ければ、それだけで生活用水がストップする、飲み水がない、料理の水がない、風呂に入れない。件の隣人は、あなたはこうしなければいけません、などと評論家面して喋る前に、自分がやればいいのである。それも黙ってだ。義というものはそういうものだから。

わたしはまた水をもらいに出掛け、帰りに為川の家に寄った。

「水を農家にもらいに行っているのだったら、お祖母ちゃんの家の近くで水がもらえるから」

と為川がいった。「お祖母ちゃん」というのは為川の細君の母で、為川の家からは数キロ離れた農家である。わたしは助かった、と思った。これで水をもらえる場所が2個所になった。

為川の家を出たとき、玄関横の鉢に目がいった。

一見してアロエだとわかったが、わたしにはアロエのなかでも薬効の強い品種であることもわかった。上から見ると、土のなかからアロエが伸びているというよりは、密集したアロエの隙間に辛うじて土が覗き、まるまると太ったアロエたちは少しでも自分の領分を確保したいように力強く広がっている。

わたしがつい鉢に見入ってしまったのにちがいない、見送りに出た細君が、

「別に手をかけているわけではないんですが、こんなに勢いよく茂ってくれて」

「アロエが為川さんの病気に効くという説があるんです」

細君は目を輝かせた。

「これは真面目な話で、今度それを書いた本を持ってきますね」

「お願いします。今は何にでもすがりたい気持ちで、可能性のあることは何でも試してみますから」

翌日、水をもらいにお祖母ちゃんの家に行った。

為川夫妻もきていた。お祖母ちゃんの家は丘の上にあるが、そこからわたしたちは坂道を下って、水の取り入れ口まで歩いた。為川が取り入れ口のノズルを開くと、冷たく、透き通った水が勢いよく咲き乱れてきた。

わたしがボトルに入れる間、為川は少し上手に立って、嬉しそうに笑いながら見ていた。

水をくれる為川。

このときのかれの嬉しそうな笑い顔と立ち姿は、のちになって、かれを思い出すたびに蘇る姿になった。

「これがアロエの薬効を説いた本です」

わたしは奥さんに本を渡した。

「先生、お風呂はどうされているんですか」

とお祖母ちゃん。わたしが説明すると、

「それじゃうちのお風呂をつかってください」

わたしが恐縮していると、為川夫婦が、明日にでも家族で風呂に入りに来るようにと勧めてくれた。

『明日をも知れぬ重い病気にかかりながら、まだおれのことを心配して厚意を注いでくれる』とわたしは考えた。『この男がもしいなくなったら代わりうる人間はいない。いや、こんな友達はもうつくれないだろう』

翌日、わたしたち一家は為川の家で風呂をもらった。

為川の細君からわたしは風呂を勧められたが、わたしは断った。そして妻と子供たちを風呂に入れた。

彼女たちが風呂に入っている間中、わたしは為川と四方山話に費やした。妻と子供たちはなかなかあがってこなかった。久しぶりの「本物」の風呂を堪能しているのだろう。

「いつまで入っているんだ」

とわたし。

「いいじゃないの、ゆっくりしていったら」

と為川。

ややあって、子供たちが風呂からあがってきた。長風呂で顔が上気している。

「えらい長風呂だったな」

とわたしがいうと、

「先生も入ってください」

為川の細君がいった。

「いや、わたしはいいんです。毎日、かかり湯程度ですが、入っていますから」

これがわたしという男で、人にあれこれしてあげることは好きだが、してもらうことは非常に苦手である。窮屈に考えることもなかったのだが、為川に甘えすぎのような気がした。

『水をもらって、そのうえ風呂までもらって。どうやって返したらいいのか。返せそうもない』

子供たちは上機嫌だった。うちの細君も長風呂で顔を上気させていた。為川夫婦もにこにこと笑っていた。

わたしだけが窮屈な思いをしていた。
〈続く〉

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