三宅雪子に対する、ネット上の嫌がらせ、ストーカーなどについては、弁護士もついて告訴されるようだ。これはやむを得ないだろう。とても悪質で、真面目な政策批判や行動批判ではなかった。

三宅雪子のツイッターやツイキャスでの説明によると、アカウントを変えながら家族関係に手を突っ込んで、三宅の「人物破壊」を工作している。三宅がやめてほしいといくら懇願してもやめなかった。これが告訴されないとおかしいほどだ。

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三宅が始めたツイキャスは、多くの来場者の支持を得ている。中身は、三宅と来場者との非常に暖かい雰囲気に満ちており、それが強みになっている。わたしにいわせれば、もっととんがったらいいのに、と思うのだが、それをやったら、仮想の街頭演説になってしまうのかもしれない。ポップな感じを大切にして、来場者と対話する。そこに独特の時間が流れている。

4月14日のツイキャスでは、こんな来場者のコメントが流れていた。
「ここは、ほっこりとした雰囲気で、何だか癒される」
「今辺野古でオスプレイファンクラブという者による襲撃があったようです」
「そう言えば、官邸がNHKとテレ朝を呼ぶらしいですね。怖い世の中です」
「小沢氏が米誌に論文 辺野古新基地不要論」

基本的に来場者の、ゆったりとした癒やしの時間である。これまでなかった家庭的な連帯の、新しい時間が流れている。

ここで、原点に戻って、現在、わたしたちが政治家の評価軸にすべきものについて考えて見よう。それは次の(1)(2)である。

(1)脱原発(脱被曝、脱1%)、反TPP、反消費税増税、反辺野古の米軍基地建設、反集団的自衛権(この本質は、自衛ではなく、他衛(米国防衛)である)の政策

(2)続いて(1)を実現するための行動力

ところが、わたしたちの多くは、とりわけこの国のB層は、

(3)好感度(宗教的な清廉潔白や、誰からも好かれる人の良さ)

(4)知名度(テレビへの露出度)

(5)世襲度

(6)家族・親族間の円満度

を政治家に求め、評価軸としている。

(1)(2)よりも(3)~(6)の評価軸が上位に来ている。その結果が現在の劣化した政治と、危機的な状況を生んでいる。

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完全無欠な政治家を求めても、意味はない。第一、そんな化け物のような人間は存在しない。わたしたち自身が完全な人間ではないのだから。それは、外国の政治家と渡り合えない、スケールの小さい、無能な政治家を求めるのと同じことになる。

わたしたちが求めるべきは、その政策が99%の幸せのための政治家だ。それを実現するために闘ってくれる政治家である。自余のことはどうでもいいようなことだ。

いずれにしても三宅雪子に対するバッシングは、司法の舞台に上がるわけで、わたしも今後は成り行きを見守ることにする。

ただ、政治とメディア、戦争とメディアの問題については、今後も採り上げ、さらに考えを深化させていこうと思う。

ところで、時代は「平成」であり、状況も「平成」である。わたしはこれまでも「平成」という元号が気になって仕方がなかった。この元号ほど時代の縞柄に似つかわしくないものはない、と思えたのだ。ところが桐生悠々が「昭和」の元号について同じことを書いていた。昭和12年に書かれた文章である。(原文のまま)

「昭和」! お前は今日の時局に何というふさわしからぬ名であるか。尤もお前も最初は明朗であり、その名通りに「昭」であり、「和」であったが、年を重ぬるに従って、次第にその名に背き、五・一五事件以前に於て、早くも「暗」となり「闘」となった。

そして昨年の二・二六事件以来は、「暗」は益々「暗」となり、「闘」は益々「闘」となった。無論私たちは安価なる平和論者ではない。時によっては、大に戦わねばならない。だがその戦は今日の如き「暗闘的」であってはならない。……明治天皇五箇条の御誓文にいうところ「万機公論」的の争、上下心を一にして盛に、これを行う「経綸」的の争、「官武一途庶民に至る迄各其志を遂げ人心をして倦まざらしめんが為の」戦であらねばならない。

だが、今お前がわたしたちに強いている戦は全然これに反している。具体的なる実例……を掲ぐれば、本誌は直に頒布を禁止されるだろう。何という陰惨な、何という不愉快な時代であるか。

「昭和」よ、お前は今日から、その名を「暗闘」と改めよ。これが、お前にもっともふさわしい名である

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この文章は昭和12年に書かれている。昭和16年(1941)日本の真珠湾攻撃の4年ほど前だ。

文中の「昭和」を「平成」に変えて読むと、まったく状況的に成り立つことがわかる。むしろ「平成」の方がふさわしいほどだ。

「平成」! お前は今日の時局に何というふさわしからぬ名であるか。もっともお前も最初は明朗であり、その名通りに「平」であり、「成」であったが、年を重ねるに従って、次第にその名に背き、3.11以前に於て、早くも「暗」となり「闘」となった。

政権を批判するメディアは、直ちに「暗闘」で禁止されるだろう。何という陰惨な、何という「暗闘」で決まる不愉快な時代であるか。

「平成」よ、お前は今日から、その名を「暗闘」と改めよ。これが、お前にもっともふさわしい名である。……

わたしは「平成」の元号が発表されたとき、中韓の警戒心に配慮して、ことさらに平和を意識した元号をつけたと思った。しかし、昔の自民党には、戦争への後悔の思いが強く残っていて、本気で「平成」の平和な時代を祈念していたと思うようになった。

そういう意味では、安倍晋三は自民党の異端である。いかなる意味でも保守本流とはいえないだろう。

4月17日に、自民党が、犬HKとテレ朝の幹部を呼ぶ。報道番組の内容について、聴取をする。「暗闘」である。自民党の情報通信戦略調査会が、犬HKの「クローズアップ現代」のヤラセ問題について、また、テレビ朝日の「報道ステーション」では古賀茂明の政権批判について、聴取する。

安倍政権は、「安倍マンセー」といわせるメディア支配で成立する独裁政権である。その幼稚さと増長とが今回の聴取の背景にある。

その古賀が、「いまは騒がれてるから殺されないし、冤罪を狙われることもないけど、そのあとはどうなるか…」とこぼした。自宅周辺を所轄警察が定期的にパトロールしているという。

しかも古賀は警察関係者から冤罪対策も教わっているというから、深刻だ。

「それによると、冤罪を仕掛ける側は3人1組。1人目は若いミニスカートの女性、2人目は屈強な30代のサラリーマン男性、3人目は老人で、電車を降りる時に女性が「キャー!」と叫び、30代男性がターゲットを“捕獲”。そこへ老人が目撃者として名乗り出る作戦という。

「警察からは冤罪を避けるために満員電車に乗らないことや、乗る際は車両をこまめに変えること、車内では必ず手を上げるように言われました。自宅への帰り道も同一ルートはやめるよう注意されました」

何とも情けない、愚劣な「暗闘の平成」である。安倍晋三は政権批判が怖いのである。古賀茂明が喋ったことに対して判断を下すのは国民だ。それをどうして安倍晋三が「暗闘」で閉ざしてしまうのか。この小物観はどうしようもない。気に入らなかったら、「報ステ」を見なければいいのである。

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