時代が変わってくる。

hiroshima

inada tomomi (2)

今年の広島・長崎の原爆式典にケネディ駐日大使が出席しない。一応、公務のためという理由付けはされている。しかし、これは象徴的行為だと見るべきだ。広島・長崎の時代は、オバマの広島見物によって確実に終わったのである。

この広島見物のスピーチで、オバマは「核の先制不使用」を語るつもりだった。しかし、日本側の抗議で取りやめになっていたのである。

広島被団協の「感謝」の愚かさは、今や世界の覚醒した人々の笑いものになっている。日本政府が米国に対して、広島での米国核先制不使用宣言に反対して潰していたのである。灯台下暗しで、米国にしたら、自分の国をきちんとしてから米国にものをいえ、となっただろう。それを大人ぶって「感謝」などというから、なんとのんきな連中なのだろう、ということになる。

米国核先制不使用宣言に日本は反対?」(2016年8月5日)

『朝日デジタル』(2016年8月6日)「(核リポート)米の核先制不使用、被爆国が抵抗なら悲劇」に「米国の科学者らによる要請文要旨」が載っている。この問題の深刻さを、わたしたちは考えるべきだ。もはや広島・長崎はセレモニーになってしまった。日本が世界の先頭を走って「核の先制不使用」に反対しているのだから。

「私たちは、(オバマ大統領が検討していると伝えられている核の)先制不使用政策の採用を強く支持し、日本政府にもこれを支持するよう要請する。

最近の報道によると、安倍政権の関係者がこのような政策変更に強く反対しているという。抑止力が低減するとの懸念から来ているようである。

このような懸念は根拠のないものである。最近、10人の米国上院議員がオバマ大統領に先制不使用を呼びかける書簡を送っている。これらの上院議員が述べているとおり、「比類のない米国の通常戦力を考えれば、核の先制使用の脅しに頼る必要はない」。

先制不使用政策反対派が持ち出す一つの議論は、このような政策は日本を独自核武装に向かわせるかもしれないというものである。しかし、日本国民は圧倒的に核開発に反対している。

米国は核兵器の使用の敷居を高めるための措置を講じるべきである。オバマ大統領が今年広島を訪れた際に述べた通り、「核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければならない」。日本がその追求の障害になるとすれば、それは悲劇的である。日本国民がそのような結果を支持するとは思われない」(「(核リポート)米の核先制不使用、被爆国が抵抗なら悲劇」

これは「米国の科学者らによる要請文要旨」である。米国の科学者によって出された声明文なのだ。

もはや状況はここまできている。原爆を投下した国の科学者から、投下された国の政府に対して、オバマが検討している核の先制不使用政策に反対するな、と要請されているのである。

「比類のない米国の通常戦力を考えれば、核の先制使用の脅しに頼る必要はない」とまで説得される始末だ。

しかも、米国の、核の先制不使用政策は、日本を独自核武装に向かわせるかもしれないという議論にまで言及し、「しかし、日本国民は圧倒的に核開発に反対している」から心配しなくていい、とまで言及している。

「米国は核兵器の使用の敷居を高めるための措置を講じるべきである」とするが、わたしはこれに賛成である。だからこそ核を、当時はすでに無力で無抵抗だった日本の都市に使用した米国の蛮行に、広島は「謝罪」を求めなければならなかったのである。ところが日本政府と広島被団協のとった態度は「感謝」であった。広島被団協にいたっては、まるでハリウッドスターを迎えるようにオバマに夢中になったのである。

核の先制使用の垣根を高くし、不可能にするためにも、「謝罪」を求めねばならなかったのだ。ところが「感謝」し、垣根を低くしてしまった。

日本がオバマの「追求の障害になるとすれば、それは悲劇的である。日本国民がそのような結果を支持するとは思われない」とするが、支持も何も日本国民の殆どはこの事実を知らない。関心すらないといっていいであろう。今はオリンピックと高校野球に夢中である。
 
オリンピック、高校野球をスピンに利用しながら、「天皇の生前退位」(「改憲への天皇利用」)が図られた。広島・長崎時代の終焉とともに、いよいよ平和憲法とともに歩んだ天皇も退位させられる。

その意味は何であろうか。それは次の日程が暗喩として機能している。

8月6日
広島原爆投下

8月8日
実質的な「天皇の生前退位」表明

8月9日
長崎原爆投下

わざわざ広島・長崎への原爆投下の間に「天皇の生前退位」をもってきた暗喩の意味は、<戦後の終焉>であり、<戦後との決別>である。広島・長崎が願った平和な世界、平和憲法とともに存在した天皇には、ともに幕が引かれた。<平和の時代>から<戦争の時代>にいよいよ日本は向かっていくことになる。

この日程の設定そのものに、「天皇の生前退位」が強いられた退位であることが表出している。

これから戦争する国に日本改造を図るにあたって、最大の疎外物になるのは、憲法と天皇である。護憲の立場に立つ現在の天皇は邪魔になる。そこで「天皇の生前退位」が考えられた。

8日8日の、天皇のビデオメッセージで、わたしが注目したのは、以下のメッセージだ。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。

また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。

更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2か月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。(「象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉(全文)」『NHK NEWS WEB』8月8日)

わたしのビデオを見た最初の感想は、これは官僚と官邸とで周到に作り上げた文章を、やはり天皇は読まされているだけだ、というものであった。ハプニングや裏切りを恐れて、事前検閲が可能なビデオにしたのだろう。

まるで、天皇の仕事を減らしたらいいではないか、という意見への、周到に考えられた反論といってよい。退位する人間が、このように退位の根拠を力説するのは異様である。

多くの人が失念しているが、大正天皇も昭和天皇も、仕事の多忙などとは無縁の人生を送ったのである。皇室から、高齢だの多忙だのといった声は聞こえてこなかった。ここまで自ら力説したのは今上天皇が初めてである。

わたしは、「天皇の生前退位」は政権の要請であり、「改憲への天皇利用」であり、<戦後の終焉>であり、<戦後との決別>を暗喩するものだと考えている。状況は間違いなくわたしの考えたとおりに動いていく。
 

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