日本の政治家は、太平洋戦争を振り返って、アジアの近隣諸国に「迷惑をかけた」ということになっている。

太平洋戦争の犠牲者数は、中国が1000万人以上、インドネシアが400万人、ベトナムが200万人、インドが150万人、フィリピンが111万人である。

韓国・北朝鮮、ミャンマー、シンガポール・マレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、タイなども多い。連合国軍捕虜も6.5万人が死んでいる。

これで「迷惑をかけた」という言い方もないだろう。これは反省も謝罪もしていない言葉だ。

誰でも自分の身内が殺された後に、犯人に「迷惑をかけた」といわれたら、こいつバカにしているのか、と憤慨するだろう。「迷惑をかけた」という言葉は、せいぜい家のリフォームなどで何日か騒音をだしたときに使う言葉だ。あるいは予定をキャンセルした場合など。いずれにしても人を殺したときに使う謝罪の言葉ではない。

だからどんな凶悪な殺人犯も、遺族に「迷惑をかけた」とはいわない。

今、日本は、放射能汚染で地球規模の環境汚染を続けている。日本の政治家は、これに対しては「迷惑をかけた」とすらいわない。すでに収束(野田佳彦)したのであり、安全にコントロール(安倍晋三)しているのだから。

この日本人の軽さは、未来に禍々しいものを感じさせる。それはまたぞろ世界的な厄災を戦争で引き起こすのではないか、という不安である。この不安は、南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領が、訪れた原爆資料館で記帳した「倫理がない科学は、考えられないような悪の道具になる。歴史は、人間が同じ石でつまずく唯一の動物と教えている。私たちはそれを学んだだろうか」という言葉と重なる。

(Martin Luther King, Jr. : Our lives begin to end the day we become silent about things that matter. 「問題になっていることに沈黙するようになったとき、我々の命は終わりに向かい始める」)
(Martin Luther King, Jr. : Our lives begin to end the day we become silent about things that matter. 「問題になっていることに沈黙するようになったとき、我々の命は終わりに向かい始める」)

同じ石に躓き続ける人間は、いったい利口なのか。それとも愚かなのか。ノーム・チョムスキーは、『覇権か、生存か ― アメリカの世界戦略と人類の未来』のなかで、次のように書いている。

「数年前、現代生物学の大家であるエルンスト・マイアーは、地球外知的生命体の探索が成功する可能性について、ある見解を発表した。そのような生命体を発見できる可能性はきわめて低い、というのがマイアーの考えだった。

彼の推論は、「高度知能」と呼ばれるもの、即ち人類という知的生命の適応性と関わっていた。マイアーによると、生命の誕生以来、存在した種の総数はおよそ500億と推定され、その中で1つの種だけが「文明の形成に必要な知能を獲得できた」。それはかなり時代を下った、今から10万年程前のことだった。そこから一つの小さな繁殖集団だけが生き残ったとされ、我々は皆その子孫だと言われている。

人類という知的生命は生存競争において有利ではないかもしれない、とマイアーは推測した。地球の生物史をたどると、「愚かであるよりは利口な方がいい」とする主張は、少なくとも生物学的な成功の観点からは誤りとされる、と彼は書いた。例えば甲虫と細菌は太古から生き延びている点で、人間よりずっと成功している。マイアーは更に、「一つの種の平均寿命はおよそ10万年である」と、いささか暗い見通しも示した。

我々は今、人類の歴史の中で、愚かであるよりは利口な方がいいのか、との問いに答えが出るかもしれない時期にさしかかっている。最も望ましいのは、答えが出ないことだ。だが、明確な答えが出るとすれば、こういう答えにしかなりえない。

即ち、人類は一種の「生物学的な誤り」であって、割り当てられた10万年を費やして自滅に向かい、その過程で他の多くの生物をも巻き添えにしてきたのだ、と。

人類はまさにそういうことをする能力を開発してきたのであり、地球外から観察している生物がいたなら、人類はその歴史を通じて自己をも他の生物をも滅ぼす能力を示してきたと結論するかもしれない。

とりわけ過去数百年間にその傾向が顕著になり、人類は生命を維持する環境や複雑な生物多様性を破壊し、人間同士の間でも冷酷かつ計画的な残虐行為を働いてきた、と地球外生物は考えるだろう

マイアーによると、生命の誕生以来、存在した種の総数はおよそ500億と推定される。今から10万年程前に、人類だけが文明の形成に必要な知能を獲得できた。

しかしながら、地球の生物史を辿った結論は、「愚かであるよりは利口な方がいい」とする主張は、生物学的な成功の観点から見ると誤りだった。人類の生命もおよそ10万年で終わるという。この10万年という時間は、ちょうど原発の高濃度の放射性廃棄物(核のゴミ)から危険性がなくなる年月とほぼ重なる。そうすると、人類の消滅とともに核の墓場もその存在を終えることになる。

その間、福島第1原発で、日本人は多くの生物の遺伝子を傷つけ、滅ぼしながら、自滅に向かい続ける。すでに福島を中心に多くの生物の遺伝子が変異・破壊されている。

人類を、地球外から観察している知的生物がいたなら、その歴史を通じて人類は、自己と地球上の他の生物をも滅ぼしたと総括するだろう。

「とりわけ過去数百年間にその傾向が顕著になり、人類は生命を維持する環境や複雑な生物多様性を破壊し、人間同士の間でも冷酷かつ計画的な残虐行為を働いてきた、と地球外生物は考えるだろう」。その中心の国家のひとつに日本はなるかもしれない。

その底流には、およそ考えることをしない、深く追究することの苦手な国民性がある。世界の歴史に影響を与えた政治家、哲学者、文学者などは、日本からひとりも出ていない。古典を読むと、それがよくわかる。中国やロシアの作家がいかに巨大であるか。

折々の四季の移ろいを愛でるのもいい。しかし、その下で飢えて死ぬ人に目を向けるのが作家だ。作家はその両輪が回るのでなければならない。日本の場合、飢えて死ぬ人が、花の一瞬の美しさ、散りゆく憐れさに解消される。知識人の、権力に対する厳しい目を養わない。浅ましくなると、飢えて死ぬ人に対して、権力の悪政をかばい、その庇護下でおのれの金儲けに走る。この金儲けの強欲さだけは米国と対等だといっていい。

4月7日、『BSフジ プライムニュース』で、こんなやりとりがあった。

「反町理キャスター「「保育園落ちた日本死ね!」みたいなので政治が動くこの風潮をどう思います?」

渡部昇一「日本は末端まで社会主義が浸透しているんだな。赤ちゃん産んだのはその人が育てるつもりで産んだんでしょう。そして保育園入れようとしたら入れなかった。それが国家が悪いという風に結びつくというのがねえ、これは社会主義の発想の極限という気がする。…安倍死ねならまだわかるけど、日本死ねはね、これはよくない。…気持ちはわかるけどね、国を死ねというのはおかしい」

石原慎太郎「そういうこと言うんだったら、韓国でも中国でも行けばいい

堺屋太一「そう。イスラム国に行ったらいいと思いますよ」」

また、曽野綾子が10日、BS日テレの『深層NEWS』で「日本死ね!」に対してこう語った。

「曽野綾子「保育園落ちた日本死ねは自己中」

若い人が、贅沢な住宅を持たないこと。4畳半一間で暮らせばいい。そうすると、奥さんが働きに出なきゃいけない状況が減ってくる

「言葉遣いが汚い。こうやって日本語を崩していってはいけない。自分の子どもが入ればいいの? 自己中な感じがする」

「政府に全部を叶えてもらおうなんて無理」

「言葉が汚くて、あたし嫌だわ」

「自分の子どもが入れないと日本死ねとかいう自己中心」

戦後に比べれば、仮設住宅は夢のよう」」

一見上品を装った行動と言葉の、冷酷・下品・汚さ。石原慎太郎、堺屋太一、渡部昇一、曾野綾子らは、権力とテレビ局の期待通りのことを、ただ喋っているのにすぎない。

歳をとるということは、それだけ経験を積み、この世界のカラクリを知っているということだ。この者たちは、タックス・ヘイブンで富裕層が税逃れをやり、貧困層が酷税で喘いでいる不公平すら知らない。馬齢を重ねた連中である。

渡部昇一が「日本は末端まで社会主義が浸透しているんだな」というのは、いかにも安倍過ぎる言葉遣いである。日本の末端まで浸透しているのは、強欲資本主義であり、「今だけ、金だけ、自分だけ」の精神である。

「赤ちゃん産んだのはその人が育てるつもりで産んだんでしょう」。下らない屁理屈だ。国は、99%に対する様々な増税や社会保障の切り捨てで、大企業・富裕層を法人税減税・タックス・ヘイブンなどで助けている。せめて納税している99%が保育園ぐらい要求してもいいだろう。

税を搾り取られている者が、働いていくために、すなわち生きていくために、どうして行政へ要求してはいけないのか。この者たちがここで喋っている言葉に比べたら、「保育園落ちた日本死ね!」は遙かに美しい怒りの言葉である。

曾野綾子は「戦後に比べれば、仮設住宅は夢のよう」と、ぜひとも福島の仮設住宅で語ってほしい。本人を前にして語れない言葉、テレビ局でしか語れない言葉は、思想の言葉ではない。御用商人の言葉である。

年老いて権力に仕えるのは見苦しい。

曾野綾子も石原慎太郎も、せめて人生の最後は、弱い者たち、運の悪かった者たちへ手を差し伸べてほしい。

このふたりが切り捨てているのは弱い者たちばかりである。強い者たち、運の良かった者たちを、かれらは決して批判しない。逆らわない。上品な言葉を遣っても心は薄汚いのだ。

この者たちが「日本死ね!」に苛立つのは、それがふたりの人生の歩んできた道だったからだ。それをあからさまに指摘されたので、逆上したのである。

安心するがいい。もう日本はかれらとその仲間たちによって殺害されてしまった。

犯人は犯行現場に必ず舞い戻るという。それで「日本死ね!」の声を聞いて曽野綾子も石原慎太郎も日本を殺した犯行現場に立ち現れたのだ。

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